2011年 07月 22日

私の履歴書〜第一章〜

私の履歴書〜第一章〜 ��
佐藤 正

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静岡での業務はセットステレオの生産現場からスタート、
動作・調整・検査等々を経験し、協力会社の管理をする事に
なるのですが、明菜のプライベートがヒットして
生産現場は増産に次ぐ増産、新たな取引先を開拓しては生産が
順調に立ち上がるまで毎日深夜まで張り付き、
体はクタクタで睡眠不足の連続、ある時東名を走行中に居眠りをしてしまい
中央分離帯を走ったことも、後日その場所を通りましたが、
芝生がえぐれていてタイヤの跡がしっかり残っていたのを見た時、
良く死ななかったものだと反省し以降の安全運転を誓いました。
その後生産管理に配属になりパイオニア時代では一番長く
担当した業務になりました。

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生産管理に配属され計画作成に携わりましたが、引き継ぐ前の
生産計画は手計算・手書きでの計画作成、その後パソコンの登場により
若干の効率アップが出来ましたが、システムは
CPUは8ビットで外部メモリーは8インチのFD、
プリンターはドットインパクトという構成、今から見れば
電卓に毛が生えたような代物で、残業しても処理しきれず徹夜も多々あり、
朝出勤してきた何も知らない社員に「早いですね」なんて事も、
妻曰く、その頃は寝言にアルファベットや数字が出てきたみたいです。
その後のコンピュータの進化は目覚ましく、
CPUも16ビットに進化し、外部メモリーは20GBのHDD、
プリンターはレーザープリンターになった事により、
業務効率は劇的に速くなり徹夜は激減しました。
その後IBMのAS400が導入され、
工場全体のシステムが統合出来素晴らしいシステムが立ち上がりました。

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個人的にはスタンドアローンのパソコンで、
担当者の意のままに管理出来た旧システムが使い易かったのですが、
材料の発注から製品出荷まで一元で管理出来るシステムは
時代の流れでしょう。
 しかし、なんの問題もなく工場全体が稼働していれば良いのですが、
そんな事は滅多に無い訳で、
生産進捗に合わせた細かい変更や
各部門でのトラブルによるイレギュラー処理などは、
各種処理規制に掛り、システムを騙すのに多大な労力を使った事がありました。
今ではL/Tも短縮され、システムも処理速度が向上し
複雑な仕事をこなせるように進化しましたので、
私達の苦労は良き思い出話です。
 この経験がンドネシア工場に導入されたシステムを本来の姿にすべく、
生産管理担当としてボクに白羽の矢が立ち、
強制赴任のきっかけになりました。

投稿者 itc-job : 2011年07月22日 08:30

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