私の履歴書〜第二章〜
私の履歴書〜第二章〜 ��
佐藤 正

なぜHE事業から撤退し映像事業に特化したかと言うと、
人間の情報は80%近くが視覚情報であるからです。
パイオニアは歴史的に素晴らしい映像技術を開発しており、
レーザーディスク、ブラウン管最高画質のSEED、
そして当時大画面最高画質のプロジェクションTV等々が
製品化されていましたので、次世代TVの開発拠点として
今後の可能性に賭けた訳ですが、結果的に良い結果に
つながりました。
以降、静岡パイオニアでは村上新社長の下で
「さあ、やらまいか」を合言葉に、社員一丸となって事業
発展に取り組み、世界初のHDプラズマを世に出すことが
でき、安心して支部長の任から離れることが出来ました。
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しかし、途中私がインドネシア赴任中に、村上社長が
退任され、企画や設計がパイオニア本体に異動、
静岡パイオニアも生産に特化した体制になり、社名も
パイオニアディスプレイプロダクツとなってしまいました。
ここから業績の変調が始まり、幻の名器「KURO」も
誕生しましたが、製品の良さと業績は同期せず徐々に
悪化して行き、ついには数回のリストラを実行せざるを
得ない状況にまで追い込まれました。
各種リストラによっても業績は一向に回復せず、周知の
通り、パイオニアはTV事業から完全撤退してしまい、
パイオニアディスプレイプロダクツも会社を清算し、
1996年から続いた工場の歴史に終止符を打ちました。
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〜その他組合時代の思い出〜
PWUでは、支部長は中央執行委員も兼ねているので、
本社での労使協議会や中央執行委員会等々、新幹線を
利用して目黒まで通っていましたが、課題が山積していて
週2回位の頻度で通っていた時期もありました。
ある時切符を買おうと窓口に行き、12号車の切符を
下さいと注文したら、切符に禁煙のマークが (~_~;)
係員に、これは間違いじゃないかってクレームしたら、
「ダイヤ改正時、お客様のご要望により禁煙車両を増加
させていただきました。」とのこと、そんなバカな話はない!
禁煙希望のお客様って乗車人員の何割を占めているのか
調査したのか?利用者の喫煙率調査は?
していないんだろう?適当なことを言っちゃいけないよ!
ってちょっと八つ当たりしてしまいました。
タバコの値段のなかには旧国鉄の借金返済分も入って
いるのに、それを忘れて喫煙者の肩身を狭くさせる
JRの行為はちょっと如何なものかと思うのは
私だけでしょうか (-。-)y-゜゜゜
次回は海外赴任(インドネシア)時代の話です。
投稿者 itc-job : 2011年08月19日 08:05
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